AKUDOKU

トップページ

SHARE

借金王の懺悔と悩み6~パチスロをやる人は寂しい人が多いかも

>本記事は、当サイトが紹介しているネットビジネスに参加し成功された方から寄書頂いたものです。
>寄書者は、借金を完済し、資産を作ることができました。
>かような結果を出すことができるビジネスを紹介できたことは誇らしくまた光栄なことだと思っています。
>これを良い機に、また、お得なセミリタイア情報を掘り出していく予定です。

 
前号の専務は、寂しい人だったのでしょう。家臣団に飯や酒を奢り、大人のようにふるまい大物の風格を見せていました。キャバクラにも行きましたが、若い女性からお金はありますから当然、ちやほやされます。
 我々若手社員は、当然太鼓持ちも仕事です。ただ酒とただ飯を振る舞われれば当然そうなります。
 当時のライフスタイルは、10時に出勤して(専務公認!!)(就業規則では9時)、2時間くらい営業して、1時間くらい事務作業、3時頃には、パチスロを打っていて、その足で直行さらには、6時にはみんなと合流して飯を食って、キャバクラ行って、パチスロを打っていました。
 当時は、1万円2万円をパチスロにつぎ込むのは日々の生活でした。
 当時、パチスロにはまっていたなかで愛読していた雑誌に竹書房から出版されていた「漫画パチンコ777」に連載されていた「JACK ジャック パチスロ闇の帝王」が好きでした。ちなみにこのマンガはその後、Vシネマにもなりました。
 正義の味方の「ジャック」が悪役のスロッターをなぎ倒す痛快なパチスロマンガです。その中で、ジャックの好きなセリフは、「俺にはパチスロ界の平和を守る義務がある」ということと同時期に連載されていた、「ハイエナボーイ」の主人公が、「パチスロ界の平和は俺が守る」というセリフがありました。両マンガとも勧善懲悪で痛快なマンガでしたが、昼間の休憩時間に堂々とパチスロマンガ雑誌を読んでいて完全にアホになっていましたね。
 時代劇の「水戸黄門」のパチスロ版といえばわかりやすいでしょうかね。
 自分もこの2人の主人公になったつもりで想像では、勝ち続けるイメージを持っていました。
 そして本題に戻りましょう。パチスロは実を言いますと、最初は勝っていました。1日に5万円勝つときもありました。ビギナーズラックというヤツでしょう。それが私の実力だと確信していました。なんかこの仕事辞めても食っていけるんじゃないかと思いました。
 目押しもできるからパチスロの天才なんじゃないかとも思いました。フラグが立つと、速攻でスリーセブンを決めると周囲の目に対してどや顔もしていました。その意味では勝ち続けた日は栄光の100日だったともいえましょう。
 それが10時まで続くという自堕落な生活を送っていました。
 しかし、それからは負け続ける日々が続きました。こんなはずじゃないと思い、1万2万3万4万とどんどんつぎ込んでいきました。
 パチスロをやらない人に解説しますと、だいたい大当たりしなければ30分で、1万円がなくなります。金銭感覚もどんどん麻痺していきます。5万円つぎ込んでも、次は勝てるという心理状況と負けすぎると、もうパチスロ辞めたと思うのですが、やはり前述したようにパチスロ依存症には勝てず、また数万円すってしまって、時には勝つのですが敗北の時の方がはるかに多かったのです。パチスロをしないと、体がうずうずして、パチスロをしたくてしたくてしょうがなくなるのです。それでまた、パチスロをやる、その悪循環が続くのです。
 ある日いよいよ貯金も尽きました。お金もなくなりました。その時、悪魔の店がこっちこいこっちこいと誘ってきているように見えました。
 それはアコムでもあり、プロミスでもあり、ほのぼのレイクでもあり、むじんくんでもあったようです。そうサラ金からのお誘いの看板でした。
 平成初期、今とは街の風景は全然違います。街の上空を当時まだないドローンで仮に空撮するとすれば、サラ金看板だらけだったのです。
 私が入ったのはプロミス渋谷支店でした。本当はどこでも良かったのですが、お金がなくなったのはたまたま渋谷だったからです。たまたま、身分証明書もあったことから、ここでお金を借りることにしたのです。それが地獄の入り口であったとは、当時は想定していなかったのです。長いサラ金返済の始まりだったのです。